株式会社アシストスタッフサービス 代表取締役 島津江英樹氏にインタビューしました。

▼企業情報
社名:株式会社アシストスタッフサービス
設立:平成13年4月1日
役職:代表取締役
住所:大阪市北区大淀中3-6-16
URL:http://www.assistss.jp/
▼事業内容
人材紹介、転職サポート、セルフホワイトニングサロン、一棟貸しコテージ運営
会社の誕生
大学在学中に並行してNSC(吉本総合芸能学院)の門戸を叩きましたが、一学年200人の中で卒業後舞台に立てるのは約5組。幸いそこのサバイバルレースを通過し、そのまま吉本興業に入りデビュー、当時の心斎橋筋2丁目劇場を初舞台として、大学4年のときには新人賞を獲得しました。「この世界でやっていけるぞ。」と思い、30歳で引退するまでの約10年間芸人として活動していました。
1つ上の先輩ナインティナインさんが上京すると、吉本印天然素材(雨上がり決死隊、FUJIWARA、バファロー吾郎、チュパチャップス、へびいちご)が続き爆発的な人気を博した時代です。
僕らもそれに続くものだと思い、新人賞をトントン拍子に二度受賞し、当時はダウンタウンと同じペースとマネージャーから言われるほどでしたが、慢心からか、どんどん後輩に追い抜かれていきました。思い描いていた青写真では25歳で東京進出、冠番組を持って…というものでしたが、だんだんと現実とのギャップが生じてきました。29歳のときに結婚、ほんまに好きやったらお笑いを続けていたかもしれませんが、やはり子どもが生まれたことで現実を突きつけられ、30歳で見切りをつけました。
芸人生活からサラリーマンという選択はなく「起業をしよう」と思ったときに、元手がかからない仕事が良い、万が一失敗して人生の後半で借金を抱えるのはリスキーだと考えました。そこで、当時思いつくあらゆる業種をノートに書き込み、その中の一つに「派遣会社」がありました。と言うのも吉本興業もいわば派遣会社、依頼を受け人材(タレント)を派遣し、ギャラを支払い。残りを利ザヤとして取る業態を目の当たりにしていたのも大きかったですね。考えたらタレントという商品が自分で家賃負担して、勝手に切符買って電車に乗ってテクテク現場に行き、サービスが終わったら自力で倉庫に帰る。倉庫代も運搬費も不要、商品在庫を抱えるリスクもない。吉本は基本売れっ子以外はマネージャーも付いて来ないし、当時は「何てボロい商売なんや!」と思っていました(笑)。
かといって、タレントプロダクションをするにはハードルが高い。もうちょっとライトな業態が良いと考え、物流スタッフ、コンサートスタッフなど、体力と言ったスキルのみで若い人がその日から仕事をするという派遣業を始めたら、有難い事に初年度から利益がドーンと上がりました。
派遣という新しい働き方をメディアがどんどんCMしている時代で、日払いで募集すれば今では考えられませんが、大学生がワンサカ登録に来ました。派遣業界では大手派遣会社から順にオファーされるのが常で、僕ら中小零細企業は、大手に断られた発注企業様のいわば最後の砦、「頼むから受けて欲しい」と懇願される事もあって、言い値が条件で受注したこともあり「ホンマにボロいなぁ」と思いました。
会社設立から7~8年は毎年右肩上がりの業績、「自分はビジネスの世界の人間だった。」と吉本の10年間ムダにしたかなと思うくらいでした(笑)
入会のきっかけ
良い時はそうそう長くは続かず、リーマンショックの2008年10月以降「派遣切り」という言葉が巷に溢れ、派遣会社はバタバタ倒産しました。売上は1/3になり資金繰りが悪化、明日支払うスタッフの給与の原資がない「もう、アカンかなぁ」と思ったとき声を掛けてくれたのがBNIで活動していた知人でした。それまで、倫理法人会の含めJCや守成クラブなど、たくさん声をかけてもらったことはありますが、異業種交流の団体には一切関心がありませんでした。「知らん人と絡んで何の得があんねん。」と。どこかで天狗になっていたんでしょうね。でも同じことを繰り返していても何も好転しない、今までやってこなかった事をやって、バッティングフォームを替えてみようかと考え、初めて異業種の方との「協業」という手法を知りました。BNIに入会後は、ジタバタしても仕方ない、とにかく人と会うこと、何かあったときに自分を思い出してもらえたらと活動しました。
その中で、倫理も学んでいるという人にも出会うのですが、ステキな人が多くて「経営者が最後に行きつくところは倫理法人会だよ。」みたいな台詞を何度か耳にしました。でも『倫理』と言う名称がキャッチ-じゃない(笑)人は誰しも自分に倫理観がないなんて思っていないはずなのに敢えて学んでいるって何?と思っていましたが、熱心にお誘いいただく会員さんもいらっしゃり、何度かゲスト参加もしていました。
当時はBNIの運営にも携わっていたので平日の参加は難しいと断っていたのですが、日曜日の単会(大阪梅田)ができると聞いて「もう、逃げられへんな」と思いました(笑)
無形商材を売っている我々は信用や顔が大事、嘘つきだと思われたくない、次に参加するときは自分の方から入会宣言しようかなと、12月4週目に、大阪梅田倫理法人会の扉を開けました。

転機となるような学びは?入会してよかった?

入会後は毎週ではなく、行ける時にでも行こうかくらいの感覚でしたが、毎週のご講話が本当に素晴らしく、一回でも聞き逃したら大きな機会損失になるのではないかと思い、毎週毎週通い、振り返ると休んだのは富士研参加後に発熱したたった1回だけです。なのでこれはある意味“公休扱い”ですね(笑)。
自分自身も今まで講演やセミナーなどをしていましたが、倫理法人会の講話は何か違うんですよね。エエ格好をするサクセスストーリーではなく、いわゆる『しくじり先生』テイストの色合いが濃く、目の前の経営者のリアルな自己開示による体験談に毎回キュンとさせられます。ビジネス書を読むのと違い、その人の言葉で、息遣いで聞けるLIVEだからこそ伝わるものがあります。そのベースとなる「万人幸福の栞」も初めて手にした時はド肝を抜かされましたね。世の中は2つの対極がある。例えば、善悪、明暗、損得、白黒、特に幸せに関しては、幸せな人、不幸な人が存在すると思っていました、この栞に出会うまでは。「万人みんなが幸せになる?ホンマか?世界中でこんなにドンパチやってるのに??」 先ずそこに関心を持ちました。しかも初版から一言一句変わっていない、それを説いた丸山先生は本当に凄いと思っています。
毎週MSに参加し、お役も全て引き受け、懇親会など積極的に参加していると、倫友の先輩からこう言われました。「島津江さんはスグに講話が回ってくるよ。」と。
しかし自分には皆さんの講話のように厳しい生い立ちであるとか、会社に街金が取り立てに来たとか、大きな傷も気持ちがドーンと落ち込んだこともないんです。
「島津江さんは幸せか?じゃあ倫理で学んでもっと幸せになった話でいい、幸せに限りはない、夢果てしなくみたいな話にしたらいいよ。」
と言ってもらえました。実際入会してから毎年増収増益になっています。
何より人を扱う事業において、スタッフや面接者などいろんな人との関りがスムーズになりました。過去の経験や先入観を手放し、フラットに関われています。
以前は内気なスタッフに対して「何かモゴモゴ言うとんな、ハッキリ喋れ!」と思っていたことも今では「モゴモゴ言うてる原因って何かあるんかな?」「体調が優れないのかな?」とかもう一歩奥を見ようとする視座を持てるようになりました。
講話でもよく話していますが、高卒後12年間アルバイトもしたことがない完全ニートだった弊社スタッフの「ぶーやん」は、まず朝9時に出勤するという事だけをコミットさせました。しんどかったら1時間で帰っても良い。今まで昼夜逆転してた生活のリズムを作るところから始めさせました。半年後にはフルタイム、今ではリーダーとして活躍しています。いきなり月~金、9-18時の仕事は難しいだろう少しずつ慣らしていけばいいというのは、芸人から起業した自分だからこその感覚なのかもしれません。走ったことのない人にいきなり「フルマラソンを走れ」というよりは、「500mからいこうぜ」の方がええやんって思うんです。
倫理法人会で学ぼうとしている経営者のみなさんへのアドバイス
大阪梅田は日曜日の開催、
経営者は立場上「人に合わせること」を意識する機会は多くありません。むしろ合わせてもらってます。倫理では朝礼で会長と「心を合せる」実践をします。僕は指先を揃えて真っすぐ立つことさえちゃんとできなかった、そんな程度の人間だったんやと気づきました。
「好き勝手できるから経営者しているんやという横柄さがあった自分」に気づかされました。時間もお金も振る舞いも「そうじゃないんや」と思いました。まずは当たり前のことを当たり前にやってみる、そこからなのかもしれません。
「もっと早く倫理を学んでいたら、会社も3-4倍になっていたんかなぁ」倫理指導の際にふと口に出すと、鈴木相談役は「それは違う」即座に仰いました。自走できていた20~30代の頃「万人幸福の栞」に出会っても一蹴していたでしょう。もちろん、20代から学びたいと思う人は学べばいいし、学びたいと思った時が学び時なのです。
持ち前の明るさで分け隔てなく人と接すること、相手に〇×を付けずに全てウェルカムで迎えること、そのためにまずは自分を磨くということを実践しています。
僕にとっての倫理法人会とは「心の車検」です。1週間の間に「ちょっとズルして横入りしたいな」とか、「今日からウォーキングしよう」と決めてもなぜか近道してしまう緩くて弱い自分がいてます。
そんな自分にも子どもや社員がいて「こんな自分ではいけないなぁ」と気づかせてくれる場所、ネジを締め直し、油をさしてもらい「よし月曜日からまた頑張ろう」という気持ちに戻れる場です。そういう意味でも日曜開催というのはとても良く、ダラダラと過ごした気だるさの残る月曜日と違い、むくっと起きられる自分がいて、すっかり生活の一部になっています。

今後のビジョン
芸人から人材業をすることも、ホワイトニングサロンやコテージ運営を手掛けることも「面白いことって何やろな?」「どうしたら、家族や仲間と楽しく過ごせるかな?」ということだけを考えてやってきた、行き当たりばったりなのかもしれません。
とはいえ、ホワイトニングサロンの出店計画や運営は、妻と長女に安心して任せていますし、琵琶湖畔の国立公園近くの希少な物件にご縁が繋がり、理想のコテージを形にするために取り組んでいます。
人材業においても「人が足りない、助けて欲しい」というお声はたくさんいただいているのですが、お応えできないという状況があります。外国人労働者や簡単な事務作業であればAiや専門ソフトの導入提案を行ったりしています。
そして将来は、飲食店経営の構想があります。イメージはドラマ「渡る世間は鬼ばかり」に登場したお父さんが経営する料亭「おかくら」のような親戚一同が集まるお店です。現在は、妻、長男25歳、次男23歳、長女22歳、次女中三、三男7歳の7人家族なのですが、僕は子どものおむつ交換もした経験がなく全部妻に任せてきました。ふと「孫は何人できるんやろ」って子どもたちに聞いてみると、「僕3人」「僕2人」…計算すると14人になりました(笑)
子どもや集まってくる孫たちと楽しく暮らすことが人生の締めに相応しいと考えています。
「おじいちゃんの家」は中学高校生になるとあまり行かなくなるし、夜に家前を通りかかっても「寝ているかも」と妙な気遣いをされて訪ねにくい、でも「おじいちゃんのお店(お好み焼き)」に暖簾がかって明かりが灯っていたら、「お腹空いた」「お小遣い頂戴!」と気軽に訪ねて来てもらいやすいと思ったんです。「〇〇ちゃんにこれ渡しといて」とか、月1回のお誕生日会など、みんなが集まる場をつくりたいです。もし孫やその友達が、社会で働くことに疲れたら、
そして倫友の皆さんにも来ていただき、疲れた心の孫に人生の先輩としてエールの一つでも送ってもらえたら最高ですね!
人材業は人の「縁」を「円」に換えています。そして最後はそのお預かりした「円」を「宴(えん)」に還元して「後はみんなで楽しくどうぞ!」と言って人生を終えることができたらと思っています。良い意味で死んだ後「あのジイさん一体何やったんや?」と思ってもらえたら最高ですね!
【取材 堀智恵/大阪梅田倫理法人会/幹事】
【取材 前田ユリ/大阪梅田倫理法人会/実行委員】
【取材 井口克美/大阪府倫理法人会/広報副委員長】
【撮影 幸合同会社 代表社員 澤利一/広報副委員長】
何を言っても大ウケしたという小学生時代のひでちゃん少年、「目の前の人を笑わせたい、喜ばせたい」という気持がお笑いの原点であり、家庭や仕事にも通じているのだと感じました。行き当たりばったりという言葉とは裏腹に、信念を持ち目標を定めて歩んで来られたからこその現在、そして未来に向かう構想、聞き手の私たちも引き込まれ、笑いと感嘆の連続でワクワクが止まらない時間となりました。これからも大阪梅田の運営メンバーとして「どうすれば面白くなるか」という視点を見習いながら共に学んでいきたいです。
【島津江英樹氏の所属単会/大阪梅田倫理法人会】
2024年12月掲載
※記事中の所属や役職およびインタビュー内容は、取材当時のものです。