企業情報
社名:大鳥大社
設立:延長5年(西暦927年)
役職:権禰宜(ごんねぎ)
住所:〒5903-8328 大阪府堺市西区鳳北町1-1-2
URL:http://www.ootoritaisha.jp
TEL:072-262-0040
FAX:072-261-1192
事業内容
神社護持運営
会社の誕生
和泉国一ノ宮である霊験あらたかな神社「大鳥大社」。927年に完成した「延喜式神名帳」に所載されている名神大社のひとつです。
ご祭神は日本武尊(やまのたけるのみこと)。武勇に秀でた皇子として16歳から九州・出雲・東国と休む間もなく国々を平定。しかし最後に伊吹山の神の祟りに遭い重い病に倒れ大和にたどり着くことも叶わず身罷ります。そこに陵(みささぎ)を造り人びとが嘆き悲しんでいると、日本武尊の御霊が八尋(やひろ)の白鳥となり陵から飛び立ちます。その白鳥は大和の琴弾原、河内国の旧市(古市)、そして最後にこの地に舞い降り留まったので社を建てお祀りしたのが「大鳥大社」の起源。約1900年も昔のことだそうです。
その時、まるで白鳥がふたたび舞い上がれないように一夜にして種々の樹々が生い茂りその神域を「千種の杜(もり)」と言い、八尋の白鳥ゆえに大鳥大明神と称え奉ったとあります。
入会のきっかけ
千里中央支部の桝田佳明相談役より大阪府倫理法人会 山本一会長をご紹介くださり、堺が近いこともあり堺市倫理法人会のMSに参加させて頂いたのがきっかけでした。
大きな声を出して気持ちの切り替えを自覚することが新鮮で、大きな声を出すことはまさに言霊、やる気スイッチなのです。
素晴らしい皆さんのお話を聞いているうちにだんだんと学びへと進めていけると思います。今はまだ圧倒されている感じですね。
転機となるような学びは?入会してよかった?
「私はもともと大阪天満宮で約20年間お務めしてきました。それがなぜ堺の大鳥大社に移ったのかというと、大阪天満宮の禰宜だった水無瀬さんがここ大鳥大社の宮司になられることをきっかけにお手伝いに来たんです。そうしたら思った以上に境内が荒れ放題で。お掃除や修復を手伝っているうちに「自分もここで一からの立て直しに関わられたら」と思ったんですね。40歳、転職するならこれが最後かもしれないと。」
あったはずのたくさんの資料も手に入らず、それでも水無瀬宮司はじめ万力さんや他の若い仲間達と歴史や由緒を調べながら、荒れた木々の手入れや大工仕事など少しずつ修復していきます。新しいお社デザインやおみくじ・御朱印帳デザインなども心機一転、新しくされました。万力さん達の案をすぐに取り入れてくれる水無瀬宮司にも背中を押され、時にはブレーキにもなられ、近隣の皆さんとも力を合わせながら進めていかれたそうです。
「3年かかりましたが少しずつ人びとも戻ってこられた気がします」
しかし、課題はまだまだ山積み。
「平成30年、台風21号の被害でさらにめちゃくちゃになってしまったんです。」
玉垣、瑞垣、石鳥居に、拝殿前の八角柱の鳥居も倒壊。拝殿の屋根の檜皮葺の屋根も剥離、そして本殿も千木が落下、鰹木がゆがむなど大きな被害を受け、さらに大規模な修復が必要になってしまったのです。
「そんな中、造園業の方が他所をそっちのけで片付けをしてくれました。ご近所の方も100名以上お手伝いに来てくれて、3日間門を閉め切って掃除をしました。しかし本殿の被害はひどくて、とても年間の祭祀を執り行える状況ではなくなってしまったのです。
修復に莫大な資金が必要です。それにはまず我々の現状を知って欲しい。
そしてなにより、日常から少し遠くなってしまっている神社そもそもの意味を皆さんに知って欲しい。」
「神社は毎日が神事です。朝の日杯(朝礼)も大祓の儀です。」
皆さんも自然と手を合わせておられるでしょう?と万力さんはいいます。
「ご飯を食べる前に「頂きます」と手を合わせる。そんな文化が当たり前な国は日本くらいです。万物に命が宿り感謝するという精神はまさに日本独特のもので、遡れば米作りの時代から始まります。
今まで狩りをしたり木の実を採ったりしていた時代から、徐々に稲を育てていく時代へと変化していくわけですが、種を撒いて育っていく様に自然の理、神様を感じたのでしょう。季節の移ろいとともにすくすくと育っていくこのサイクルに、手を合わせずにはいられなかったのだと思います。
日本人は昔から木や岩を神様と見なし祀ってきました。木にしめ縄を、そして岩には祠(ほこら)を。屋根を作って神様を守ることがだんだんと大きくなり神社へと発展していったんですね。
後に説明しますが、20年ごとにお社を新しくしたり、しめ縄を新しくしたりは、宮大工やそれに関わる方々の技術を保っていくためでもあります。我々が毎日着物や袴を身に着けるのも日本の伝統を守るため。そんなことをお伝えできる場所としての大鳥大社を創りあげていきたい。
一人でも多くの方と、一社でも多くの企業さんと繋がりを持ちたいと強く思うようになりました。そんな時にちょうど桝田相談役にお会いでき、山本会長をご紹介してくださる流れになりました。
転機となる学びといっても自分はまだまだ入会して間もないので、現在は今まで出会えなかったような経営者の皆さんとの出会いへの感謝と、大きな声で発する「言霊」を意識するためMSに挑んでいます。
特に「今日一日、朗らかに、安らかに 喜んで、進んで、働きます」あの言葉はいいですね。皆で一斉に大きな声を出す。声を出して仕事に戻るのと、出さないまま仕事に戻るのとではスタートに大きな違いが出てきます。まさにやる気スイッチですね。
倫理法人会で学ぼうとしている 経営者のみなさんへのアドバイス
アドバイスなんてとんでもないです。
ただ、令和4年3月20日には「式年大祭(しきねんたいさい)」があります。これは常若(とこわか)、つまり神様がいつまでも新しい気持ちで若々しい状態になるためのお祭りで20年に一度に行われます。このお祭りで20年ごとに神様も若返り、“常に若い力”を保てるわけです。先ほどもありましたがこういった儀も伝統技術を守るためのものだったりします。
この日までにはある程度の修復が終わり、皆さんにお参り頂けたらと願っています。
我々の仕事はいつも気持ちよく神様をお迎えし、人びとを繋げるお役目であると思っています。なので、出来れば神社をもっとコミュニティの場、人の集まる場にしていきたい。そうして身近な存在としての神社へと近づいていきたいので、よかったらお詣りに来て頂いて、逆にアドバイスを頂ければと。
今後のビジョン
「大鳥大社再興が大きなビジョンとなりますが、そこには51条ある『※御成敗式目(ごせいばいしきもく)』の1条にある以下の言葉を軸にしていきたいと思っています。」
御成敗式目 一条
神社を修理(綺麗に)し、祭祀を専らにすべき事
人は神の敬いによりてその威を増し人は神の徳によって運を添う
「祭りは祀りから来ています。祀りはまつろう、つまり集うことです。
人が集まり神を祀ることで神は力を増し、神の居る場所に寄り合い手を合わせることで人として生まれた使命や運を全うできるというわけです。
なにかあればいつでも思い出して大鳥大社を使ってください。
皆さんのお越しをお待ちしております。」
雲ひとつない青空の下にある大鳥大社はどこまでも神々しく気持ち良い気が漂っています。少し痛々しい工事用フェンスがあちこちに張り巡らされているけれど、明るく未来を語る万力さんの笑顔はこの空みたいに爽やかで。
詣れば値が上がり、運気が上がるといわれる「根上がりの大楠」。この大楠に一番近い鳥居の向こうに新しく保育園ができたそう。
「園児たちが先生に連れられてよくお散歩にきてくれるんです」
新しい建物の前で小さな子ども達が遊んいます。
「裏の竹林でタケノコを一緒に採る行事もしました。担当の神職がタケノコ先生って呼ばれています。僕?僕はまんちゃん先生です(笑)」
大きな神事を執り行う時、まるで神様と呼応するかのように風が激しく翻るのだそう。
「僕は霊感とか全く無いですが、神様がいることは感じますね」
こうして小さな子供達が大鳥神社を近いものに感じながら育っていったら、大人になっても自分の家族と気軽にお散歩に来てくれるかも。
「小さい頃はここでタケノコを採りにいったんだよ」
そう子供達に話してくれるといい。その時に吹く風はきっと神様が宿っているから。
【取材 松永友美/堺市倫理法人会/幹事】
【写真 PhotoStudio D-One パズ@早川竜一/堺市倫理法人会/実行委員】
スッキリした快晴、爽やかに吹く風の中、大鳥大社の大きな鳥居をくぐりました。
社務所に続く道は広く長く、住宅地の真ん中に、雄大な敷地と想像もできないほどの歴史を刻んだ空間がそこにある。そう感じながら石畳を踏みしめていました。
出迎えてくださった万力さんは、まだ日差しの強い夏日にも関わらずきっちりとした袴姿で現れ、私たちの質問に手慣れたように、それでも丁寧に言葉を選びながら話してくださいました。神職という特殊なお仕事とはいえ、地域の人びとと同じ目線で汗水を垂らしながら復興にいそしむ姿は頼もしく心易くもあり、また神々しくもありました。
3人のパパである万力さん。地域の人びととの血の通った柔らかで優しい関わりはそういったパパの部分も根底にあるからかもしれません。
この土地で生きていく。この神社と共に生きていく。そんな覚悟が万力さんの言葉の端々から感じました。使命を押しつけるでもなく「ただ、全うする」。
皆さんも大鳥大社へ赴き、己に課せられた使命や運を全うするために神に手を合わせ、生き方のヒントを見つけに行かれてはいかがでしょうか。
【万力康司氏の所属単会/堺市倫理法人会/実行委員】
※記事中の所属や役職およびインタビュー内容は、取材当時のものです。